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お叱りのお言葉,ご意見など
画廊主
   の
独り言

このページは、天野画廊の画廊主・天野和夫の、きわめて個人的な出来事を綴ったものです。
画廊の仕事が、一見個人的であるにもかかわらず、社会的な機能を果たしているありさまを、
おわかりいただけるかと思います。
自他ともに、プライバシーには慎重に配慮いたしますが、うっかりと逸脱している場合は、すみ
やかにお叱りのお言葉をお願い申し上げます。                天野画廊 天野和夫

2004年10月

8月分
7月分
2004年6月分
9月分

10月1日から始まる韓国のアートフェア−MANIFに出品をした。場所は、江南(カンナム)にある
芸術の殿堂と呼ばれる複合施設の中のアートホール。3階までの全フロア−を使って100余
のブースが作られる。ソウルではこのほかにKIAFというもうひとつのアートフェア−があるが、
このMANIFのほうが古い。今年で10回目を迎える。欧米のアートフェア−と違って、MANIFで
は、画廊としての参加より、ほとんど作家が直接出展する。
昨年も参加したが、私も含めて外国勢の参加が激減した。韓国の景気の悪化が端的に反映
していた。各ブースを廻っても、3日たっても一点も売れないところが半数以上で、どこもひど
いひどいを連発していた。この催しのオーガナイザーは、自ら画廊を経営する人で、この原因
は、ノ・ムヒョン大統領の政策が悪いからだという。富裕層を冷遇し、低所得者層を優遇する政
策のせいだと断言する。おりしも先月から公共料金がいっせいに値上がりした。今まで700ウ
オン(約70円)で乗れた地下鉄が、今は900ウオンだ。3割の値上げは庶民にもこたえると思
うのだが、もともとソフトランディングという考えのない国だから、やむをえない。
強引な政策の向こうにある、めざす社会の姿が見えてこないのが気になりつつ、光州ビエンナ
ーレ見学のために、ソウルを出た。

韓国では、公共料金の値上げに加えて、売春目的の接客に対して、法的処罰が極端に厳しく
なった。その種の店はどんどんシャッターを閉めているという。政府としては、
一等国を目指す最
後の仕上げ
にかかっていると理解できるが、韓国人の本音はどうなんだろうと思ってしまう。
25年も日本と韓国の間を行き来していてわかったことだが、韓国人はもともと男性社会で、性
の問題に対しては寛容だった。ただそれは、裏の社会としてであって、表と裏の区別、つまり素人
と玄人の区別は厳格だ。日本のような高校生の援助交際のようなものはありえない。
今回の法的処罰の強化は、裏の社会にメスを入れることを意味する。これに対して風俗の世界の
女性たちのデモ行進も報道されていた。
私の興味は、これによって韓国人の本音と建前に対する考えが、どのように変化して行くのかに
ある。しかし、聞くところによると、この法律改正で、日本からの団体ツアーのキャンセルも出てい
るとか。また一方、風俗嬢が、海を越えて外国の都市にもぐりこむのだろうかと思うと、複雑な気
持ちになる。

韓国のアートフェア−MANIF

2004年10月3日

一等国を目指す最後の仕上げ?

2004年10月5日

光州ビエンナーレを見に行った。4年前にも見たので、会場のまわりかたはよくわかっている。が、
今年のテーマ「ほこりと水」が、いまいちよくわからない。いくつかのブースを見て、ああ、ほこりは
破壊、水は生命だということがわかった。でもそのテーマにそぐわないものもたくさんあった。
4年前もそうだったが、今年も映像作品が多い。やたらプロジェクターが並び、音が飛び交う。
4年前は、アフガニスタンの作家の映像作品が印象に残った。イスラムでは映像が制限されてい
るがゆえに、アンチテーゼとしての説得力もあった。だが、今年はそのような政治的メッセージを
内包する作品は少ない。わずかに3号館のメキシコの作家(Marco Ramirez & Teresa Margolles)
の単純な映像表現が、逆に強く印象に残った。
それ以外にこれといった収穫がなかったのが、非常に残念だった。4年前とは明らかにレベルが
低下していた。日本を出る前に、このビエンナーレの関係者でもある原美佳さんの言った言葉を
思い出した。彼女は主催者側でもあったのだが、今回のビエンナーレには納得できない点が多く
オープニングセレモニーに出席するのが、気が重たくて、と言っていた。
韓国は今景気が悪い。予算が押さえられたのだろう。レベルが低下したのもそのせいかも知れな
い。でも、誰が選んだのか、火を吐く鉄の犬を作る日本人作家(いいじま・こうじ)ほど今回のテー
マから遠い作家もめずらしい。見ていて恥ずかしくなった。光州ビエンナーレも、そろそろ曲がり角
なのかもしれない。

曲がり角の光州ビエンナーレ

2004年10月8日

20日ほど書く機会を失っていたら、この欄の読者からお叱りを受けた。「ひとりごと」がなかったわ
けではないのだが、書く時間がなかったのだ。夏まで結構ハードな日々をすごしたので、そのせい
で秋口から体調を崩していたこともある。何はともあれ、拙文を楽しみにしてくれる人がいらっしゃる
ことがうれしい。
明日いよいよ新生「画廊の視点」つまり「gallerism2004」の作品を搬入する。マイナーチェンジをめざ
してがんばった成果が問われる。半数の新規出展画廊を迎えて、足並みをそろえるだけでも大変
だった。たいていのことに慣れている私も、事務局をあずかったことで、正直疲れた。この種のイベ
ントは一種スポーツをしている感覚がある。もちろんマス競技に相当するのだが、選手のレベルがと
れていないところが大いに違う。ま、内輪のことはさておいて、月曜日からオープン。ご期待ください。

20日間の休憩のあと

2004.10.29

11月分
12月分
2005年