このページは、天野画廊の画廊主・天野和夫の、きわめて個人的な出来事を綴ったものです。
画廊の仕事が、一見個人的であるにもかかわらず、社会的な機能を果たしているありさまを、
おわかりいただけるかと思います。
自他ともに、プライバシーには慎重に配慮いたしますが、うっかりと逸脱している場合は、すみ
やかにお叱りのお言葉をお願い申し上げます。                天野画廊 天野和夫

画廊主
   の
独り言


トップページに戻る
お叱りのお言葉,ご意見など
2004年6月分
7月分

2004年8月

韓国の夏は暑かった。連日の猛暑に、食中りが発生。マクサバルのイベントに参加したほと
んどの日本人は、丸一日吐き気と下痢に悩まされた。それでも韓国人はみな平気な様子だ
から、何でなのだろう?団体で、同じようなものを食べているのに。
この催しは、今回で7年目を迎えたのだが、私が全面的に協力したのは、今回がはじめて。
韓国で行われる大部分のイベントが、ほとんどぶっつけ本番なのだが、これも例外ではない。
それはいいとして、もう少しきめの細かい運営ができないものかと、いつも思う。案じていたよ
うに、大きな赤字に終わってしまったこのイベントだが、やりようによってはトントンくらいには
もっていけたと個人的には思う。コミッショナーとはいいつつも組織の中心部にいるわけでは
ない私には、歯がゆい思いだけが残る。何とかしないと来年の開催が危ぶまれる。でも、韓国
人の幹部は平気。そして無理だと悟ったら、さっと手を引く。引くのはいいけど、じゃ、今回の
私の協力は無意味だったの?と聞きたくもなる。20年以上も韓国と付き合っているが、いまだ
わからないことだらけ。

わからないことだらけ

2004.08.03

「画廊の視点」の会議があった。参加画廊の中でわずか欠席1という、新記録だ。前回の会議
以来、メンバーが全員燃えている。今までにない何かをしなくては、という一種の使命感がある
ようだ。座を仕切る私も、当然やり甲斐を感じている。前回の決議で、この催しの新しい名称を
考えることになっていたのだが、ふたをあけてみると、以外や意気消沈。「画廊の視点」という
名称にそれなりの妥当性と愛着を感じる発言が続く。10年間慣れ親しんだというだけでは説明
のつかないものが確かにある。その一方、現状を何とかしないといけない危機感のようなもの
があって、重大な決断を前に躊躇する姿がありありと見えた。情と理性の葛藤と見るのは、あ
まりにも部外者的。1時間半に及ぶ討議の末、「gallerism 2004」を新らしい名称に決議した。
名前が変わっただけで、どうなるものではないという方々には、あえて申し上げたい。この真
剣な討議の結果が、必ず形に出てくる、と。遠く20年前に、「大阪アートフェアー」に始まって
10年を節目に「画廊の視点」に変わったこの催しが、またもや変節を迎える。ただのモデル
チェンジではない。時代の要請に耳を傾ける画廊主の、真摯な対応がこの結末を導いたのだ。

「gallerism 2004」誕生

2004.08.06.

北海道から友人が訪ねてくれた。友人といっても、今回はじめてお目にかかる人だ。別に出会
い系サイトで知り合ったわけではない。ある日自分の画廊のことを、パソコンでいろいろ検索し
ているときに、気になる画廊ということで私の画廊のことが出ているのを偶然見つけた。アクセ
スをたどると、書いた本人のページに行き当たり、書き込みをしたことから、メールの付き合い
が始まった。そのMさんは、もともと何かの本で、天野画廊が困難にめげずに仕事をしているこ
とを読んで以来興味を持って、私の画廊が出ているページをあちこち検索したらしい。わたしも
メールのやり取りが始まると、Mさんのページを詳しく見るようになった。そんなわけで、実際に
会わなくても、なんとなく友人だと思うようになってしまった。と、よく考えると、出会い系サイトと
大差ないかもしれない。パソコンは不思議なものだ。
はたせるかな、お会いしてみると、落ち着いた好青年だった。昼前の短い時間だったので、大
したもてなしもできなかった。話も中途半端に終わったので、次回はぜひ飲みながらゆっくり
ということで本日のお見合いは終了。

出会い系サイトにあらず?!

2004.08.10

私は動物に好かれるらしい。見知らぬお宅にお邪魔しても、その家の犬や猫とはすぐ慣れる。
だが、私は犬は好きだが、猫は嫌い。猫は家の中で放し飼いが普通だから、まとわりついてく
るのを我慢するには、相当の忍耐力が必要だ。
自宅の隣家にも猫がいて、こいつが我が家も縄張りと勝手に決めて、しょっちゅうやってくる。
そして近所の猫と、我が家のブロック塀の上で、夜中にフー・ギャー・ウエーとわめき立て一
戦を交える。突然のことにびっくりさせられるのだが、朝になると玄関先で横になり、腹を見せ
ながら、出勤する私に甘えるポーズをする。コノヤロー、ふざけやがって!ノラなら蹴飛ばす
ところだが、どっこい隣家の猫だからそれもできない。見透かされていると余計に腹が立つ。
一方、画廊の裏口には近所のノラがよくきて、ビニールのごみ袋をかみ破って散らかして行
く。現場を見つけた時は、追いまわすのだが、ノラはかわいげがない。4、5メートル逃げると
向きを変えてこちらの次の反応をじっとうかがっている。にらめっこは大概私が負ける。そうす
ると、ゆうゆうと去って行く。近頃あまりにも頻繁なので、裏口のあたりをよく見ると、誰がおい
たのか、水を入れたおわんのようなものがあった。くそ!余計なことをするやつがいるものだ。
かくして私はますます猫が嫌いになる。

猫は嫌い

2004.08.15

梅田・大丸でやっている「作家からの贈りもの展」を見にいった。デパートの展覧会は、美術館
と違って、お客様の嗜好により照準を合わせているので、画廊主としては大変参考になる。こ
の展覧会の10人のアーティストは、もちろんいずれも著名な人ばかりだが、中に若林奮という
一般にはマイナーなアーティストが入っていたので、余計に興味があった。メジャーばかりで
は新味がないし、マイナーでは客が呼べないし、という矛盾を解決するのがこの種の展覧会
構成だ。もちろん「作家からの贈りもの」というネーミングには、百貨店らしさがありありと見え
る。結果は、楽しい展覧会でした。小物ばかりでなく、本格的な作品も対置する展示方法は、
親切さと商魂が程よく半ばする、デパートならではの展覧会でした。大いに勉強になりました。
ちなみに、出品作家は、船越桂、香月泰男、藤田嗣治、有元利夫、本郷新、アレクサンダー・
カルダー、パウル・クレー、猪熊弦一郎、パブロ・ピカソ、若林奮の10人。

デパートらしい展覧会

2004.08.20

大阪府との境界に近い乙訓郡の天王山の中腹にある大山崎山荘美術館に行った。前から
いってみたかったところなので、期待を膨らませて行ったのだが、思った以上に満足した。
この美術館は、モネの部屋で有名だが、本館には、やきものの「民芸運動」の主要メンバー、
河井寛次郎、濱田庄司、バーナードリーチなどの作品を所蔵している。その常設展に食い込
むように、若手の立体作家・北尾博史の作品が、さも昔からそこにあったように併せて展示し
ていた。かなり大胆な試みだが、さほどの違和感がなく並んでいた。作品の力量が拮抗して
いるというよりは、むしろ、北尾の作品が、ニュートラルな存在であることが、ユニークな展示
の成功につながっているのだと思った。そういえば、この建物といい、新館の安藤忠雄の設計
といい、内部の調度品のすべてのものまで、なんだかニュートラルなつながりで、調和を保
っている。落ち着いた英国風の山荘は実に心が和む。

大山崎山荘美術館

2004.08.27

日本テレコムという会社がある。ずっと以前に、電話代が安くなるからと言って、書類にハンコ
を押したことがある。今回電話がかかってきて、さらに安くなるからと言う。夜の8時を過ぎての
電話だったので、いやな気分だった。明日ハンコをいただきたいというが、土曜日にもかかわ
らず、やってくるらしい。畳み掛ける口調に胡散臭さを感じつつ、まあ会っていやなら断れば
いいと思って、5時ころを指定した。
さて翌日、あさNTTから電話がかかってきた。私の画廊のマイライン登録の問い合わせをし
たかどうかという電話だった。問い合わせをした人間がどうも天野画廊の人間でなさそうだっ
たので、確認のために電話したとのことだった。身に覚えがないのでその旨伝えたが、昨日の
セールスマンの仕業に違いないことはすぐわかった
人の名前をかたるとは。なんてことだ。
そして約束の5時に3時間も早くセールスマンがやってきた。名刺も出さず、すぐにハンコをくれ
という。そしてNTTの請求書を見せろという。何のためにと聞くと、マイライン契約の有無がそれ
をみればわかるという。すぐには出ないというと、じゃNTTに電話をかけて確かめるという。無断
ですでに電話しただろうと詰め寄ると、プライバシーに関することを無断でするはずありません
と断言した。でもその直後、さっさと自分で天野画廊をかたり、画廊の電話でNTTに電話した。
あまりにも無神経なので、とうとう切れて、即お引取りを願った。とても後味の悪い思いだった。

9月分

とても後味の悪い話

2004.08.30

10月分
11月分
12月分
2005年